臨床家という「業」を、ともに背負う
クライエントを「救おう」とするその手は、本当に清潔でしょうか。 あなたの「共感」は、ときに、自分自身の無力感や孤独を埋めるためのものとして機能していませんか。
この問いは、もちろん、私が自身に今なお問い続けている問いです。
安定した臨床を支えてきたのは、技術そのものというよりも、私自身の「自覚」の深さだったのだと思います。その一方で、私の内部にある影や葛藤、あるいは過剰な自己期待や自己愛が、クライエントとの関係に影響していた可能性についても、私は繰り返し検討してきました。
ここでは、臨床の場で「何をしたか」ではなく、「そのとき、どう在ろうとしていたか」という点に立ち返り続けたいと考えています。その意味で、ここは他者を評価する場ではなく、臨床という営みそのものを、自分自身の足元から見直すための場です。
対人援助職という仕事は、常に「支配」と「依存」の危うい境界線上にあります。 学術的な知識や標準的な技法は、時に、自分自身の「震え」を隠すための頑丈な盾や防波堤として機能してしまいます。
ここでは、その盾を脇へ置いてください。 あなたが臨床の場で「何を言ったか」ではなく、「そこで、どう在ったか」という一点において、あなたの臨床家としての実存を響かせてもらいます。